学歴が高いほど打たれ強いのか?
先日、フォロワーさんがされたツイート内容について考えさせられたことがありました。以下、引用。
夫氏によると「高学歴な人ほど仕事上困難な問題に当たった時に打たれ強い」らしいけどほんと???
例えば上の人や取引先に何かわーっと言われても京大東大みたいな人は平社員でも落ち着いて整然と言い返すけど、中堅以下の大学だとシュンってなって思考停止してしまうって
「高卒や専門の人は最初からある種の線引きを自分でしていて、それ以上のことをしようとしないので伸びない」とも言ってた
個人的な意見を述べさせて頂くと、
- 高学歴は問題解決に応用出来る知識の引き出しが多いので、ある意味詰み(線引き)の判断で差は出ると思う
- ただし、「打たれ強い」と「学歴」は因果関係であると思えない
- 打たれ強さは「環境」と「経験値」に左右されるものではないだろうか?
この3つが私の意見です。統計なんて取ってないからデータを用いて反論されても困るので勘弁してね。
というわけで、なんでそう思っているか書き起こしてみます。
目次
高学歴は問題解決の引き出しが多い
まず学歴と打たれ強さの関係については置いといて、高学歴と低学歴では困難な問題を解決しようとする際、諦めに至るまでの速さに差が出る可能性は高いだろうなと思っています。
そういった意味での「打たれ強い」(というか粘り強い?)であれば、フォロワーさんの旦那さんに同意です。このように考える切っ掛けは、小学の時に受けた、ある授業内容が根底にあります。
詳しくはブログを読んで頂きたいのですが、今回のことで抜粋したいのは以下の部分。
ゲームであれ何かの書籍であれ、知っている言葉を増やすこと、つまり『語彙力』を増やすことは重要です。
なぜなら、検索時に知っている単語が多いということは、上手いワードから問題解決できる当たり記事を引くことにつながります。
先程の例は国語辞典での話なので、ネットでググれば『カップヌードル』なぞ一発で表示されます。
ですが、ネットでも特定のワードでググってもうまく表示されない場合があります。
その時に『別の単語から調べてみよう』という発想が必要になってくるのです。
要約すると「語彙力の多さは検索する時に大きな助けになる」ことを述べています。上記引用は検索での解決を例にしていますが、語彙力は、あればあるほど検索による問題解決へ至る選択肢を広げてくれます。
語彙力を言い換えれば、まさしく学力。知識の引き出しがたくさんあるほど問題解決の糸口も増えるはず。つまり学力の低い人は高い人に比べて問題解決に至れる可能性が低いです。端的に言うとギブアップするまでの時間が速い。
諦めたとなると先輩や上司に助けを求めるでしょう。しかし聞かれる側としては「こいつすぐに諦めるな」と感じる人が大多数かも知れません。
それでいて学歴を見てみれば「ああ、やっぱりな。こいつは大したとこ出てないな」という負の連鎖。ゆえに「学歴が低い=粘り強くない=打たれ弱い」と思ってしまうパターンがあり得るでしょう。
そういった意味で「高学歴=打たれ強い」と解釈してしまうのも分からなくないなぁと思ったわけです。
「学歴が高い≠打たれ強い」と思う理由
さて、さっき置いてきた学歴と打たれ強さの関係について。これに関しては、相関ならあると思います。先程まで述べたことが相関の理由です。ただし、因果関係であるかといえば疑問です。
なぜかというと、高学歴だろうが低学歴だろうが、打たれ弱い人は打たれ弱い。ぶっちゃけ人によるものではないでしょうか。というのも、冒頭で紹介した引用のこの部分。
例えば上の人や取引先に何かわーっと言われても京大東大みたいな人は平社員でも落ち着いて整然と言い返すけど、中堅以下の大学だとシュンってなって思考停止してしまう
こうなる問題の根本は学歴、というか仕事で粘り強く問題と向き合えるかは勉強出来る人間であると思えません。なぜなら学歴が無くても学力が高い人だって存在します。そして高学歴でも出来ない人を見たことだってあります。
そもそも「打たれ弱い人」というのは、どれだけ学歴が良かろうとも「環境」と「経験値」によっていくらでも量産されてしまうものです。
理由1:環境
環境と題しましたが具体的に分解すると2つの要因があります。「裁量権の有無」によって「学習性無気力」に陥れば、誰だって仕事上困難に立ち向かえなくなるということです。
例えば以下ブログ記事は典型的な指示待ち人間を作ってしまう環境についてと、主体的に動ける人でも裁量権が無ければ思考停止するようなる体験談と経緯が書かれています。
無駄だと思ったら言い返す気力が無くなることに関して、私自身も似た経験をしています。これは学歴に関係無く誰だろうと起きることです。
確かに整然と言い返す能力を養うには勉強が必要ですが、そもそも言い返したとこで意味ない状態だと学習してしまえば、それ以上のことをする気を起こさなく成るのが人間です。
したがって、裁量の余地が無い環境は仕事上の困難に立ち向かわない打たれ弱い人を作ります。事実、東大卒の電通社員が自殺した事件がそうだと言えるでしょう。
理由2:経験値
打たれ弱い人を作るもう1つの理由は「経験値」によるところも大きいと思います。中でも「失敗」の経験は人を打たれ強さに大きく関わるそうです。
その根拠はアメリカで話題になり現在も社会問題の1つとして取り上げられている「ヘリコプター・ペアレント」の内容です。
記事を要約すると「保護者の過剰な干渉は子供の挑戦と失敗の機会を阻害する」というもの。また、自立すべき歳の子供にいつまでも付き添ってしまう親自身の2つがヘリコプター・ペアレントの大きな問題となっているそうな。
注目すべきは前者の「挑戦と失敗の機会を阻害する」という部分。これが打たれ弱い人を作る原因の1つであると私は考えています。なぜなら高学歴だろうが低学歴だろうが、結局は何事も経験を積まなければ上手くなれないからです。
わかりやすい例でいえばヘリコプター・ペアレントは子供の就職面接に親が同席したり、大学の説明会に子ではなく親が聞きに行くパターンがあるそうです。
仕事を例にするならば、手際の悪い部下がいた時「自分でやったほうが早い!」という理由で、肝心な部分をさせず雑用させるのも似たような機会損失です。
こうして出来上がるのは「失敗したことがない」「でも自分で出来ない」「そもそもやってもらってたから自分に出来っこない」などなど、まさしく打たれ弱い人を作っているではないですか。
勉強が出来る人は問題に答えることは得意でも、いざ実行する時に動けるかどうかは別です。だって仕事って必ずしも答えがひとつと限らないじゃないですか。
「100%絶対に合っていること」しかやってこなかったのであれば、いざトラブルや失敗が起きた時、柔軟に対応することが出来ません。逆に失敗を経験していれば似たような課題にも応用出来ることだってあります。
要は成功しようが失敗しようが、自ら行動して得た経験値は様々なことに応用出来ます。これが打たれ強い人を作る源であり、それを得てこなかった人は逆に弱い人間へなってしまうと思うんですね。
勉強が出来ても仕事が出来るとは限らない
まとめると、
- 学歴が高い人が仕事上困難な問題に負けず解決する可能性は高いと思う。そういった意味では、学力の高さと打たれ強さには相関関係があると思う。
- ただし、学力さえあれば仕事で打たれ強い人間になるとは限らない。その人のおかれている「環境」や「経験値」にもよるのではないだろうか。
という感じです。
勉強出来ても逃げる人は逃げます。むしろ賢いからこそ面倒事を回避する、ある意味、逃げ癖みたいなものが養われた人も見てきました。
一言でいうと「勉強が出来ても仕事が出来るとは限らない」と思います。学歴は大事だと思いますが、学歴フィルターを通して人を見るのは違うのではないでしょうか。
書きたいことはこれで終了ですが、ついでに「経験値」に関するオススメの書籍を張っておきます。打たれ強い人の参考になりますよ。