数年前、ホリエモンこと堀江貴文さんが『寿司職人何年修行するのバカ』というツイートが話題になったことをご存知でしょうか。

あれは世間から非常に叩かれていたが、私としては非常に同意できるものでした。

なぜ同意していたのかというと『最初から上手なコツを教えればいいじゃん』という考えを昔から持っていたからです。

 

そう考えるようになったきっかけは、以前書いたブログ記事で『雑巾を絞る時に先生が上手なやり方を教えてくれなかった』経験からきています。

今からする話は私が小学生の頃、年度末に大掃除をする行事があった時のことでした。

私とクラスメイトの1人は室内の雑巾がけを担当することになりました。

 

バケツの水を雑巾に吸わせて絞る時、ある先生がクラスメイトを見てこう言いました。

○○くん、雑巾絞るのが上手だね

 

対してその先生は、私が雑巾を絞った時にこう言いました。

HaLucinaくんは……まだまだだな~

 

この教師がやっていたことは『フィードバックをしていないことと大差ありません。

ただ思ったことを述べただけです。

そんなこと誰でもできるんですよ。

もし今の私が当時この教師に対して物申すならば『お前は先生のくせに生徒へ手本を見せないのか?』と言いたいです。

引用:https://hackheatharu.xyz/even-a-monkey-can-if-complaint-is-the-only-thing-one-does/

 

 

ゆえに、昔からコツやノウハウは ”さっさと” 教えればいいだろと、今でも古い人間に対して抱いているのです。

では、なぜ教えてくれないか。

その根底には『日本人はいじわる』という問題があるのです。

今回は『なぜ日本人はいじわるなのか』についての話をします。

 

 

他の国に比べて日本人はいじわるである

実は『日本人がいじわる』であることを実験的データから論文にされたものがあります。

論文の内容を要約すると

  1. 出資した金額が公共資材(互いの利益)になる2人参加型のゲームの実験
  2. ゲームでは出資時に参加をするかしないかを選ぶことができ、相手が参加したかどうかを知ることができる。
  3. 片方が参加しなかった場合でも、ある出資額を投資したら自分も利益は出るゲームデザインだった。
  4. このゲームをカリフォルニアの大学で行った場合、相手が参加せず自分だけが出資する場合、相手の利益になってしまうが自己の利益も最大限得られる戦略を取った。
  5. しかし、日本の大学は相手が参加しなかった時、自分の利益も減るが相手の利益を大幅に下げる戦略を取るデータが多かった。
 

 

日本人は相手が利益を得ようと『出し抜く』行動を許さない傾向が多くみられます。

この『ズルい行動』を許したくないゆえに、自分が損をしてでも相手の足を引っ張る傾向も同時に見られるのです。

このように、自分の利益を犠牲にしてでも相手の不利益を与える行動を『スパイト(いじわる)行動』と呼び、日本人によく見られる特徴と言われています。

 

 

また面白いことに、このゲームは後半になればなるほど日本人は『協力的』に変化する行動を取るのだそうです。

公共財をみんなで作ろうとすると,日本人は「ただ乗り」をめざすものの成功しません.

というのは,参加をした人が,参加をしなかった人の足を引っ張るからです.

れを経験してしまうと,後で参加せざるをえなくなるのです.日本の社会ではみんなで仲良く協力してコトにあたってるのではなく,協力しないと後が怖い,というところでしょうか.

 

 

このように『相手を出し抜こうとしたら後々ひどい仕返しに合う』という心理が働くのでしょう。

日本人の特徴である『和の心』や『協調・平等』といった真の正体は、このスパイト行動が原動力と言っても過言ではないのです。

 

 

フリーライドが嫌いなのにフリーライドする日本人

深く掘り下げると酷くドロドロとした闇を見るようですが、逆の見方をすると、日本人は『ただ乗り』せず公共の利益を得るため協力できる民族と捉えることができるでしょう。

この『ただ乗り』のことを経済学で『フリーライド』と呼び、それを行う人を『フリーライダー』と呼ぶのです。

例えば学校で給食を食べているが給食費を払わないといった生徒は、残念ながら『フリーライダー』なんですね。

 

さて、そんな他人のフリーライドには非常に厳しい日本人ですが、実は海外の講演者から『日本人はフリーライダーだ』と激怒させた事があったそうです。

If nothing is displayed above this, "Tweet ID:1021971975621754881" has been deleted.

 

test

 

画像を見てもらうとわかる通り、これも日本人の特徴ですよね。

会場内で『質問はありますか?』と時間と枠を設けたのに、そこでは誰も質問せず、終わり際の挨拶などで個別に質問していく姿。

フリーライドと言われて納得できますね。

 

実は私もコレが大嫌いです。

というのも、私が大学生の時、AO入試でどのような対策をとったのかという例をオープンキャンパスの高校生たちに発表したことがあります。

大学側で『先輩に何か質問はありますか?』という枠は設けられていました。

無かったので終わってみると、数人ほど個別に質問をしてきた生徒(中には親同伴)がいました。

 

この時の私は『いや、質問する時間は設けましたよね?なんで今しているんですか?』と言いたかったのですが、大学側としてはお客さんであると同時に、大勢の前で質問するのは恥ずかしかったんだなという気持ちもわかっていたので言いませんでした。

上記の引用は正しく当時の私と同じ考えでした。

 

大勢の前で発言することが恥ずかしい、個人を主張することが苦手な民族であるがゆえのフリーライド。

しかし、日本人はフリーライドする人を絶対に許さないし、自分が損をしてでも蹴落とす。

なかなか皮肉だと思いませんか?

 

 

相手が向上するくらいなら道連れにする精神ほど醜いものは無い

冒頭で述べた寿司職人の話の続きですが、寿司業界には『飯炊き3年握り8年』という言葉があります。

寿司業界のことについて別段詳しいわけではありませんが、師匠が弟子へ最初に伝える言葉なんだろうなと思います。

表向きには『高度な調理技術を習得するには長い期間が必要である』という意味で伝えていることでしょう。

 

が、私は本当にその通りの意味で弟子に技術を教えているとは微塵も思っていません。

というのも、この根底にはいじわるな感情が隠されていると思うのです。

その感情を具体的に言うと『自分もこういうことをされたんだから、お前も俺と同じ苦労を味わえ』というスタイルが『飯炊き3年握り8年の真の意味だと思います。

これほどいじわる(スパイト行動)なことはありません。

 

その根底には『自分が長年かけて培った技術を簡単に教えたくない(フリーライドさせたくない)』という気持ちが強いということではないでしょうか。

若い人が自分の所まで簡単に追いつけないよう足を引っ張っているような気がしませんか?

もしかしたら頑固な職人とは、いじめの技術を研鑽してきた職人と言えるかもしれませんね。